マラソンレースはひたむきにトレーニングを積んだランナーが自分の実力を試す神聖な場です。しかし中にはズルをして実力以上の記録を残そうとする人もいます。
現代マラソンレースにおける反則行為は、なんと一番最初のマラソンレースである1896年のオリンピックで既に発生しているというから驚きです。1896年アテネオリンピックでギリシャ人のベロカス選手が3位入賞し、開催国ギリシャが上位三位の独占をしたかのように思われましたが、なんと彼はレースの途中、馬車で移動していたらしいのです。当然彼の銅メダルは剥奪され、4位だったハンガリー出身の選手が繰り上げ3位入賞となりました。
ボストンマラソンでもかつて反則し、優勝者の栄光を横取りした人がいました。この記事ではそんな雑学的なボストンマラソンの歴史を解説します。
「キューバ系アメリカ人の詐欺師」
ボストンマラソンでズルをし優勝したのはロージー・ルイーズ(Rosie Ruiz)さん。Wikipediaによると:
Rosie M. Vivas[1] (née Ruiz; June 21, 1953 – July 8, 2019)[2] was a Cuban-American fraudster who (among other schemes) was declared the winner in the female category for the 84th Boston Marathon in 1980, only to have her title stripped eight days after the race when it was discovered that she had not run the entire course.
https://en.wikipedia.org/wiki/Rosie_Ruiz
Cuban-American fraudster、「キューバ系アメリカ人の詐欺師」と明記されています。詐欺師として歴史に名を刻むなんて、大変に不名誉な事です。一体彼女は何をやらかしたのでしょうか。
1979年ニューヨークシティマラソン
ロージーさんは1979年のニューヨークシティマラソンで最初のマラソン詐欺を行いました。まず、エントリーする際、既にエントリー期限を過ぎていたにも関わらず、脳に癌が発見されたと嘘をついて大会側に特別にエントリーを認めるよう嘆願しました。主催者であるNYRRはこれを受け入れ、彼女の出走を例外的に認めました。
レース当日、彼女は怪我を装いレースを離脱し、なんとそのまま地下鉄に乗ってフィニッシュラインに向かいます。この時、一緒に地下鉄に乗ったフリーランスのカメラマンと怪我でレースを棄権したと話したそうです。そしてフィニッシュライン付近に到着すると、ゴール後の救急ステーションに怪我人として入り、そこで彼女の看病を受けもった看護師がロージーを「完走者」として登録したことにより、彼女は公式に完走者として認められることになります。
ロージーさんのこの時のタイムは2:56:29、ボストンマラソンの出走権を得るのに十分でした。この記録は女子の部で全体11位でした。
1980年ボストンマラソン
ニューヨークシティマラソンから僅か5か月後の1980年ボストンマラソン、なんとロージーさんは2:31:56のタイムで優勝してしまいます。レース当日は彼女が優勝者として表彰されましたが、今回は流石に色々な人が不審に思ったようです。コース上のランナーも沿道のサポーターも誰も彼女が走るのを目撃していなかったのです。真の優勝者であるジャコリン・ガロ―選手も、ゴール直前までレースを一位でリードしているとチェックポイントを通過する時に言われていました。それが誰にも抜かされないままゴールしてみると二位だったのですから、信じられないのも無理はありません。
ハーバード大学の生徒二人がロージーさんがゴールから約800メートル離れた地点からコースに合流するところを目撃しており、ニューヨークシティマラソンで地下鉄に乗った時に出会ったカメラマンの証言もあり、結局ロージーさんはボストンマラソンとニューヨークシティマラソンでの記録が失格扱いとされました。ロージーさんは2000年時点でも公に反則行為を認めませんでしたが、彼女は友人であるスティーブ・マレクさんにはレース当日の詳細を打ち明けていました。
マレクさんによれば、ロージーさんはレースを優勝するつもりはなかったようです。ところが飛び出てみると自分が女子の部で一位だったので「その時最もびっくりしたのは恐らく、彼女自身だったであろう」ということです。
その後の人生
ロージーさんはこのボストンマラソン事件の後も詐欺行為を繰り返したようで、職場の資産を横領したりコカインの取引に関わったりして何度も捕まっています。そして2019年7月、66歳の時に癌で亡くなりました。1979年にニューヨークシティマラソンの出走権を得るために癌が発見されたと嘘をついた彼女には皮肉な最後だったかもしれません。
教訓とまとめ
今は1980年とは比較にならないほど通信技術が発達しており、このような反則行為はすぐにバレてしまうでしょう。コース上には数か所にチェックポイントがあり各ランナーの通過タイムが自動的に記録されます。そしてレースの先頭は常に生中継で放送されるため、途中でコースに合流してもバレバレです。
しかしボストンマラソンのような大きな大会ではなく、小さな地方の大会ではまだ反則行為が横行する余地は十分にあると思います。チェックポイント通過タイムが記録されたり、GPSウォッチのデータを照合されたりといった方法で、チート行為が告発されたケースを私もつい最近見ました。
ランニングはひたすら自分と向き合うスポーツだと思います。他人をいくら騙せても、ランナー本人は騙せません。実力に見合わないタイムを出して表彰されても、本当に誇らしく思えるでしょうか。一生後ろめたい思いを引きずることになるのではないでしょうか。
私なら、「詐欺師」としてWikipediaに名前が残るのはまっぴらごめんです。反則しても、あなたの株が下がるだけです。どんなに遅くても、そんな自分と向き合いながらゴールを目指すランナーは、反則して優勝するランナーの何倍もカッコよく輝いていると私は思います。
Comments